Movin Café

Vol.03

想像してみてほしい。出勤せずともオフィスで同僚と働ける未来を。または、田舎の祖父母に会いたい時に会える未来を。それは既に、あらゆる新しいサービスを通じてスクリーンの中で実現していることなのかもしれない。しかし、そこに「ひとの存在」をそのまま感じることが出来るとしたらどうだろうか?

 

技術革新が進む現代。AI(人工知能)は、コンピューター自身が学習を深めていくDeep Learningの登場によって第三次ブームを向かえている。同様に、IoT(Internet of things:モノのインターネット)の市場も活況である。従来インターネットに繋がっていなかったものがネットワークに繋がり、これまで埋もれていたデータが可視化できるようになった。その膨大なデータをAIが学習していき、人が想像(創造)し得ない答えを導き出していく。

 

そして、AI・IoTに続き、通信技術の向上によって日の目を見ようとしている近未来型の技術がある。Telexistence(テレイグジスタンス:遠隔存在)だ。この技術は、「ひとと時間や場所のつながりを変える」可能性を持っている。

2018年5月末に発表された「MODEL H」は量産化を前提としたプロトタイプだ。今年の夏頃には一般の方向けに体験ができる機会を検討している。

まず、テレイグジスタンスにはロボットが必要である。そして、特殊なグローブを装着すると遠隔からロボットを操縦できる。さらに、操作者はゴーグルを装着すると、ロボットが臨む視野と同じものが見えるようになる。

この技術の普及を進めようとしているのが、Telexistence社のCTOチャリス・フェルナンド氏(以下チャリス氏)だ。

人が向かうには危険な現場や、通うのに時間のかかる場所があります。そういった所へロボットが赴き、人は遠隔地から、その操作を行うことが出来ます。そこで、ロボットが触れたものの強度や温度など、人が感じることの出来る感覚を、グローブを通じて操作している人にフィードバックします。それはまるで、その場に自分が存在しているかのように感じながら操作を行うことができるということなのです。これがテレイグジスタンスを表す最も大きな特徴です。

 

その場にいなくても、その場にいる感覚を味わいながら作業を行うことが出来る――。

あらゆるシーンへの拡張が期待できるこの技術は実用化に向けて発展の途上だ。当面の目標についてチャリス氏は、遠くの場所にいる作業員が遠隔からこのロボットに入り、人が今までやっていた退屈な仕事を、その場に行かなくても終えられるレベルを目指すという。その後、ロボットをあらゆる環境に配置できたとき、ひとの分身としてこのロボットがコミュニケーションの相手にもなり得るヴィジョンを描いている。

 

1家に1台MODEL H*¹がいる未来では、だれでもおばあさんの相手になることが可能です。介護施設の職員さんはオフィスからおばあさんのお手伝いをすることが可能となり、遠方で暮らす家族はいつでもおばあさんの会話の相手となることが出来るようになります。

Telexistence社が開発し、2018年5月末に発表された最新のテレイグジスタンスシステムで操るロボット「MODEL H」のこと。

 

すでに介護の現場や被災地では産業用ロボットの開発が進んでいる。

そのようなロボットとMODEL Hとの違いはどのようなものなのだろうか。

 

産業用のロボットはタスクに特化されています。つまり、決まった作業をいくつか効率よく行うことができる分、できることは限られています。一方でMODEL Hは人ができることと同じことができるので、その可能性は無限大です。

 

「さらに」と、チャリス氏は続ける。

 

AIを搭載したロボットとも違います。そのロボットが、人と同様の精度で行動ができるようになるまでは、学習を通じて成長していくことが前提となります。しかし、MODEL Hは人と同様の動きを、その「1回目から」実現できる点で異なります。また、遠隔地から操作を行う人の振る舞いをそのまま摸(うつ)すため、行動に癖が出てきます。そこにロボットを超えた、ひとらしい個性が表れるのです。

 

操縦者の振る舞いや手の動きはセンサーを通じてロボット(MODEL H)に保存される。そうして保存した動きは、MODEL Hから操縦者にフィードバックすることも可能だ。例えば、この技術は、職人の仕事に関する継承問題に役立てることもできる。弟子や文化を習いたいと思う人たちが、「生きた教科書」として保存された動きをそのまま利用(体験)することができるようになるのだという。

実は、テレイグジスタンスは1984年に現・東京大学名誉教授の舘 暲(たち すすむ)氏によって既に発表されている技術である。数回のブームを経たAI同様、そこから30年以上の時をかけて進化の途を辿っている。しかし、チャリス氏はその進化のスピードを上げるために、研究というフィールドではなく、実用の場でチャレンジする必要性に駆られている。直近では、技術の追求だけでなく、ひとが使いやすいインターフェイスに近づけたいのだと言う。

領域にもよりますが、特にITに関しては大学の研究機関よりも民間企業の方が優秀な成績をおさめていることも珍しくないと思います。例えば、VR(ヴァーチャルリアリティ:仮想現実)技術とハードウェアを組み合わせて商品化されたOculusのように、圧倒的に企業の方が実績を重ねているケースもあります。私たちのテレイグジスタンスも、技術的な研究だけではなく、実用化に向かい、人が使っていてストレスがないような形にしていく必要があるのです。さらに言えば、ロボットには難しく、人にとっては容易にできることの不思議さを解明して、テレイグジスタンスの特徴を強化していく必要があります。

 

スリランカ出身で、2008年に来日。テレイグジスタンスとの出会いは、 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下:KMD)の修士過程でロボットと出会ったことを皮切りに、東京大学の館教授がKMDの名誉教授に就任されたタイミングでチャリス氏もKMD博士課程へ進学し、担当の教授より博士論文のテーマとして紹介されたことがキッカケ。

スピードを求め「技術者として技術を追求するだけでなく、人を助けるものをつくりたい」という想いを抱くチャリス氏は、満を持してビジネスの場にフィールドを移し、昨年Telexistence社を立ち上げた。現在は開発者10名とチームを組んでプロジェクトを進めている。

AIやIoTのような技術と同様に、まだ環境が整備されていない新しい領域にはセキュリティや規制の問題はつきものだ。

しかし、あらゆる問題を突破し、市場をつくる。そうした先にチャリス氏の描きたい未来が待っている。彼らのチームが、テレイグジスタンスを実用化しMODEL Hを普及させた未来には、私たちは私たちの居る「と感じる」場所を自由自在に飛び回ることができるようになるだろう。

そして、進化した技術によって移動するコストが極限まで低くなり、かつ、そこに自分が居なくても自分らしく振る舞えるという、限りなく「生」の再現性が増した世界を向かえたとき、「あなた」が居なければいけない場所、「わたし」が過ごしたいと思う場所は一体どのような場所なのだろうか、と考えてみたくなった。

 

(探求者/研究者の見る世界から、あしたを過ごすヒント)

  1. あなたにとって「再現できないこと(1回きり・その場でしか体験できないこと)」を考えてみる
  2. 身体感覚に意識を向けてみる 

文責:丸尾 拓也(Movin’ café編集長)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Related